他人軸で生きてきた両親の末路と夫と出会って変わったわたし

どうも。芝野加誉子です。

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昨日大人って矛盾だらけって書いた後のこと。過去の記憶がどんどん掘り起こされる。楽しいことって意外と記憶にないのか出てこない。出てくるのは嫌な記憶ばかり 笑

幼少期の記憶って曖昧な部分が多いんだけど、それでもものっすごく嫌だったことははっきりと覚えてます。これをトラウマと言うのだろうか…

中学生以降のことは、かなりはっきりと覚えてますよね。大人になったらもちろんもっと覚えている。今日はそのうちのひとつ。

「あなたたちのことを考えたら離婚できなかった」

うちの両親が離婚したのはたぶん10年くらい前。両親だろうと別の人間なので、他人の離婚には興味なし 笑

その時に言われたのが、上の言葉。母からすると、子どもにはロクでもなくても父親がいた方が良いと思っていたらしいです。これって思ってる人、多いのかな?

ここからはわたしの意見になりますので、そうじゃないと思われる方は途中でもスルーでお願いします。

わたしは、父親らしいことをほぼしてもらったことがないので、別にいなくても全然構わなかったと思っています。別に両親揃ってたからって、すべての子どもが幸せを感じてるわけじゃない。わたしは喧嘩ばかりしている両親を見て育ったし、DVなんて当たり前だったので、子どもの頃は父なんていない方が良いと思ってました。

そのまま大人になったので、大人になって一人暮らしを始めると、父の存在なんてたまにしか思い出すことなんてありませんでした。父が亡くなった時も、最後にあったのは1年半前だし、連絡は月に1度ほど子どもの写真を送るだけ。しかも大阪に来る時の嫌な思い出をずっと引きずっている 笑

こんなだったら、父親なんて一緒にいてもいなくても一緒じゃないでしょうか。むしろ一緒にいない方が、父親のことを嫌いにならなくてすむ。

うちの両親は15年ほど前からずっと別居していました。理由は母が化学物質過敏症になったから。タバコの粒子を吸い込むと咳や鼻水が止まらなくなり、酷い時には呼吸困難になります。それでもタバコをやめなかった父。

籍が入ったまま別居を続けていましたが、父から離婚届を出すことを言ってきたらしいです。その時の理由が「妹(伯母)が芝野家の遺産を母に渡したくないから別れろと言っている」だったそうです。

マジで!?

超ウケるんですけど!

うちの両親は共に他人軸で生きてきたようです。

父が亡くなった時も、喪主のわたしは自由に動けないので母に世話を頼んでいました。それでも「他人が見たら別れたのに出しゃばってきてって思われないかな」とか言ってる。

喪主のわたしが良いって言ったら良いんだよ!

文句があるなら、わたしに直接言ってこい!って言っておけば良いと伝えました。

昨日も書いたけれど、自分の人生は自分で作っていくもの。「他人に言われたから」って嫌なら聞かなきゃ良いし、「あなたのためを思って」って本当に余計なお世話ですからと思う。

でも夫に出会うまでは、わたしもそうやって生きてきた。そんなわたしに自分を取り戻させるために夫は現れたのかもしれません。

出会う人との出会いは必然。それを最近強く思うようになりました。そう思うと、大好きな人たちには今まで以上に感謝できるし、好きじゃない人にも何かしらの意味があるんだろうと冷静に考えることができます。冷静に考えても嫌いだったら、付き合わなければ良いだけ。それこそ時間の無駄です。

だから今人間関係で悩んでいる人は、ちょっと立ち止まって自分がどうしたいのかを考えてみてください。他人にどう思われるかなんて、今だけは考えるのをやめてみて。だってひとりの人がそう思うからって、みんながそう思うわけじゃないから。

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